第1章 時空を超えるこぶ ~「同じ場所で切るだけ」の落とし穴~
この記事は、サルスベリの剪定方法、とくに「こぶ仕立て」と呼ばれる独特な切り方を、退屈な説明抜きで、戦国時代へのタイムスリップ物語として楽しく学べる記事です。「サルスベリの枝にできる、あのボコボコしたこぶは何なの?」「毎年どこを切ればいいの?」「こぶが大きくなりすぎたけど、どうすればいいの?」という疑問をお持ちの方に、ぴったりの内容です。物語を読み終わるころには、サルスベリを美しく、そして元気に育てるコツが、自然と頭に入っているはずです。それでは、時空を超える冒険へご案内します。
① ボコボコした、あの木の正体
あなたは、街路樹や公園で、夏に真っ赤やピンクの花をわんさか咲かせる「サルスベリ」という木を見たことがあるでしょうか。漢字では「百日紅」と書きます。その名の通り、長い間、花を楽しませてくれる、とても人気のある木です。
そのサルスベリの枝先を、よく見てみてください。まるで、こぶしを固めたような、ゴツゴツ、ボコボコとした「かたまり」がついていることがあります。これが、今回の物語の主役、「こぶ」です。
初めて見た人は、「これ、病気なの?」「なんだか気持ち悪い」と思うかもしれません。けれど、このこぶは、病気でも、いたずらでもありません。実は、人の手によって、何年もかけて作られた、剪定の「作品」なのです。
② 「同じ場所で切るだけ」なら楽勝、のはずが
ここで、我らが主人公の登場です。現代の新人植木職人、「ズボ太」。相変わらずの、筋金入りのめんどくさがり屋です。
ある日、ズボ太は親方から、こう命じられました。「ズボ太、あそこのサルスベリを『こぶ仕立て』にしろ。毎年、同じ場所で切り詰めるんだぞ」
それを聞いたズボ太は、心の中でこう思いました。「なんだ、毎年同じところで切るだけかよ。それなら、どこを切るか考えなくていいし、楽勝じゃん」
そう、ズボ太は「こぶ仕立て」を、とても簡単な作業だと勘違いしてしまったのです。実は、この気持ち、少し分かる気もします。「同じ場所で切ればいい」と聞くと、頭を使わなくていい、単純な作業のように思えますよね。
③ 適当な作業が招いたもの
ズボ太は、深く考えもせず、サルスベリに近づいていきました。目の前にあったのは、長い年月をかけて作られた、大人のこぶしよりも大きな、立派な「こぶ」でした。何十年分もの剪定の歴史が、ぎゅっと詰まったこぶです。
「どこを切ってもいいっしょ。適当にバッサリいくか」
ズボ太は、その意味も分からないまま、巨大なこぶめがけて、勢いよくハサミを入れました。ところが――。
パチン、とハサミがこぶに触れた、その瞬間でした。あたり一面が、まぶしい光に包まれたのです。
「うわっ、なんだ! まぶしっ!」
ズボ太は、あまりのまぶしさに、目をぎゅっとつぶりました。体がふわりと浮くような、不思議な感覚。まるで、時間の流れそのものに、飲み込まれていくようでした。
④ こぶには「歴史」が刻まれている
ここで、少し種明かしをしましょう。なぜ、こぶに触れたズボ太が、光に包まれてしまったのか。それは物語の中で明かされますが、一つだけ、本当のお話をします。
サルスベリのこぶは、「毎年、同じ場所で枝を切る」という作業を、何年も、何十年も、くり返すことでできあがります。つまり、大きなこぶは、それだけ長い年月、人の手が入れられてきた証なのです。こぶ一つ一つに、それを育ててきた人たちの、長い時間が刻まれている。
そう考えると、街で見かけるサルスベリのこぶも、なんだかロマンを感じませんか。もしかしたら、あのこぶは、何十年も前の職人さんが、切り始めたものかもしれないのです。
⑤ 目を覚ました、その場所は
どれくらい、時間がたったでしょうか。
ズボ太が、ゆっくりと目を開けると、そこは、まったく見知らぬ場所でした。
さっきまであったはずの、現代の庭も、道具小屋も、どこにもありません。あたりには、背の高い草が生いしげり、遠くには、木で組まれた古めかしい城のようなものが見えます。空気までもが、どこか違って感じられました。
「ここ……どこだ? っていうか、俺、さっきまでサルスベリ切ってたよな……?」
きょろきょろとあたりを見回すズボ太。すると、すぐそばに、一本の木が立っているのに気づきました。それは、まぎれもなくサルスベリの木でした。けれど、現代で見なれたものとは、どこか違います。
⑥ 若きサルスベリとの出会い
その木は、まだ若く、幹も細く、枝先のこぶも、ほんの小さなものでした。まるで、これから長い年月をかけて、あの巨大なこぶへと育っていく、赤ちゃんのようなサルスベリだったのです。
「なんだ、このちっちゃいサルスベリ……こぶも小さいし、若い木だな。てか、さっきまで切ってたやつのご先祖様、みたいな……」
ズボ太が、そうつぶやいた、そのときでした。
「――曲者(くせもの)! そこで何をしておる!」
背後から、するどい声が飛んできました。ズボ太があわててふり返ると、そこには、いかめしいよろいかぶとに身を包み、腰に刀をさげた、いかつい男たちが立っていたのです。その先頭には、ひときわ厳しい目つきをした、寡黙そうな武将の姿がありました。
ズボ太が、まさかの戦国時代へタイムスリップしてしまったこと、そして、この厳しい武将との出会いが、彼の運命を大きく変えることになるのを、このときはまだ、誰も知りませんでした。
第2章 戦国時代の若きサルスベリ ~寡黙な武将シゲマサとの出会い~
① 密偵と間違われて
「て、敵の密偵(みってい)だな! 見慣れぬなりをしおって!」
いかつい武士たちが、いっせいにズボ太を取り囲みました。よろいかぶとに、本物の刀。ズボ太は、頭が真っ白になりました。
「みっ、密偵! ちがう、ちがうって! 俺はただの植木職人で……ズボ太っていう、しがない新人で……!」
けれど、必死に言い訳をしても、まったく通じません。それもそのはず。ズボ太が着ているのは、現代の作業着です。戦国時代の人々から見れば、どこの国の者とも分からない、あやしさ満点のかっこうだったのです。ズボ太は、あっという間に縄で縛られ、捕らえられてしまいました。
もしあなたが、いきなり見知らぬ時代に放り込まれ、言葉も通じず、あやしまれたら――想像するだけで、ぞっとしますよね。ズボ太の恐怖は、まさにそれでした。
② 寡黙な武将、シゲマサ
武士たちの先頭に立っていたのは、一人の武将でした。
年のころは四十ほど。ひげをたくわえ、口数は少なく、けれど、その目は、すべてを見通すように鋭く光っています。彼こそが、この領地を治める武将、「シゲマサ(重政)」でした。
シゲマサは、領地を守り、農業や土木といった実務を取りしきる、実直で厳しい武将として知られていました。飾り気がなく、無駄口をたたかない。けれど、役に立つものと、そうでないものを見きわめる目は、誰よりも確かでした。
そのシゲマサが、縛られたズボ太の前に、ゆっくりと歩み寄ってきました。ズボ太は、生きた心地がしませんでした。「うわ、なんかめちゃくちゃ怖い人が来た……俺、斬られるのかな……」
③ 一本のハサミが、運命を変える
シゲマサの鋭い目が、ズボ太の腰のあたりで、ぴたりと止まりました。そこには、ズボ太が現代から持ってきた、一本の道具がぶら下がっていたのです。
それは、現代の剪定バサミでした。軽くて、丈夫で、おそろしく切れ味のよい、最新の一本です。
「……その、腰のものは何だ」とシゲマサが、低い声でたずねました。
ズボ太は、おそるおそる答えました。「こ、これは、剪定バサミっす。木の枝を切る、ハサミで……」
シゲマサは、部下に命じて、そのハサミを手に取りました。そして、そばにあった、まあまあ太い枝に、そっと刃を当ててみたのです。
④ 異次元の切れ味に、驚がく
シゲマサが、軽く手に力を込めた、その瞬間でした。
スパッ。
太い枝が、まるで豆腐のように、なんの抵抗もなく、きれいに切れ落ちたのです。
「なっ……!」
いつも冷静なシゲマサの顔に、はっきりとした驚きの色が浮かびました。周りの武士たちも、どよめきます。当時の刃物といえば、切るのに力がいり、切り口もどうしてもぎざぎざになりがちでした。ところが、ズボ太のハサミは、力もいらず、切り口はなめらかで、美しかったのです。
「なんという切れ味だ……このように軽く、このようになめらかに切れる刃物など、見たことがない……」
シゲマサは、ハサミをまじまじと見つめ、そして、縛られたズボ太へと、視線を移しました。その目は、さっきまでの「あやしい者を見る目」から、「役に立つかもしれない者を見る目」へと、変わっていたのです。
⑤ ここで知ってほしい、道具の大切さ
シゲマサがこれほど驚いたのには、理由があります。
実は、剪定において「道具の切れ味」は、とても大切なものです。切れ味の悪いハサミで枝を切ると、切り口がつぶれて、ぐしゃぐしゃになってしまいます。切り口がつぶれると、そこから雑菌が入りやすくなり、木が病気になったり、枝が枯れ込んだりする原因になるのです。
反対に、よく切れるハサミでスパッと切ると、切り口がなめらかになり、木の傷の治りも早く、健康に育ちます。戦国時代の武将シゲマサが、ひと目でその価値を見抜いたように、良い道具は、良い剪定の第一歩なのです。もしあなたがサルスベリを育てているなら、切れ味のよい剪定バサミを一本用意するだけで、仕上がりも、木の健康も、ぐっと良くなります。
⑥ お抱え庭師として拉致される
シゲマサは、しばらく考え込んだあと、ズボ太に向かって、こう言い放ちました。
「ズボ太、と言ったな。お主、この奇妙な刃物を使い、木を操るという。――ならば、わしのもとで働け。お主を、わしのお抱え庭師として召し抱える」
「え、召し……なんすか?」とズボ太。
「拉致(らち)だ」と、そばの武士がぼそっと補足しました。「断れば、密偵として斬る。働けば、命は助ける。どちらを選ぶ」
ズボ太は、あわてて叫びました。「はっ、働きます! 働かせてください! 庭師、大得意っす!(本当はズボラだけど、命には代えられねえ……!)」
こうしてズボ太は、寡黙な武将シゲマサのもとで、お抱え庭師――そして、のちには軍師として、働くことになったのです。命がけの、戦国サバイバルの始まりでした。
そしてシゲマサには、この未来から来た庭師に、どうしても頼みたい、ある「難題」があったのです。それは、領地の運命を左右する、重大な問題でした。
第3章 こぶ仕立ての秘密 ~なぜ毎年、同じ場所で切るのか~
① シゲマサの難題
お抱え庭師となった翌日、ズボ太はシゲマサに呼び出されました。
シゲマサは、城の周りを見わたしながら、静かに語り始めました。「ズボ太。折り入って、頼みがある。実はな、数年のうちに、この城は、大軍に攻め込まれる見込みなのだ」
「た、大軍っすか……」
「うむ。相手は、こちらの何倍もの兵を持つ、強大な敵だ。まともにぶつかっては、勝ち目はない。そこでだ――」
シゲマサは、そばに立っていた、あの若いサルスベリの木を指さしました。「わしは、この城の周りに、敵の馬や兵を阻む、絶対に登れぬ『滑る防壁の木』の陣を敷きたい。このサルスベリで、な」
② 「これじゃ、防壁にならないっす」
ズボ太は、指さされたサルスベリを、じっくりと見てみました。けれど、すぐに首をかしげました。
「シゲマサさん、正直に言っていいっすか。これ……このままじゃ、防壁になんないっすよ」
シゲマサの眉が、ぴくりと動きました。「なぜだ」
「見てくださいよ。枝が、あっちこっちに、好き勝手に伸びてるでしょ。ヒョロヒョロで、スカスカで。こんなの、敵が来ても、枝の間をすり抜けられちゃうし、簡単に乗り越えられちゃいますって」
たしかに、当時のサルスベリは、手入れがされておらず、枝が自由気ままに暴れていました。密でもなければ、丈夫でもない。防壁として使うには、あまりにも隙間だらけだったのです。
シゲマサは、腕を組んで、うなりました。「では、どうすればよいのだ。お主に、策はあるのか」
③ ズボ太、必死に思い出す
命がかかっています。ズボ太は、ズボラな頭を、必死にフル回転させました。「えーと、えーと……親方、確か、サルスベリのことで、なんか言ってたよな……こぶ仕立て……そうだ! こぶ仕立てだ!」
ズボ太は、親方に教わったことを、少しずつ思い出しながら、シゲマサに説明を始めました。
「シゲマサさん。サルスベリはね、『こぶ仕立て』っていう、特別な育て方があるんす。これを使えば、この暴れん坊の木を、密で頑丈な防壁に変えられるかもしれないっす」
「こぶ、仕立て……?」シゲマサが、聞き慣れない言葉に、眉をひそめました。
④ なぜ「毎年、同じ場所」で切るのか
「いいっすか、よく聞いてくださいね」とズボ太は、一本の枝を手に取りました。「サルスベリは、冬の葉っぱが落ちた時期に、『毎年、同じ位置』で、バッサリと切り詰めるんす」
「同じ位置で、だと? なぜ、毎年同じ場所なのだ」
「そこが、こぶ仕立ての最大のポイントっす!」とズボ太。「毎年、同じ場所で切ると、春になったとき、その切り口から、めちゃくちゃ勢いのある太い枝――『春枝(はるえだ)』っていうんすけど――が、ブワッと元気に伸びてくるんす。そして夏に、その枝の先に、大きな花が、これでもかって咲くんすよ」
ズボ太は、続けます。「で、また次の冬に、同じ場所で切る。また春に、そこから勢いよく枝が出る。これを、毎年、毎年、何年もくり返すんす。すると、どうなると思います?」
シゲマサは、じっと聞き入っていました。「……どうなる」
「切っては伸び、切っては伸びをくり返した、その『同じ場所』が、だんだん太く、かたく盛り上がってきて、ボコッとしたかたまり――『こぶ』になるんすよ!」
⑤ こぶは「勢いのある枝」を生む発射台
ここで、読んでいるあなたにも、大切なポイントをお伝えします。
サルスベリの「こぶ仕立て」は、ただ見た目が面白いだけの育て方ではありません。毎年同じ場所で切ることでできる「こぶ」は、言わば、勢いのある枝を打ち上げる「発射台」のようなものなのです。
こぶには、木の栄養が、ぎゅっとたくわえられています。だからこそ、春になると、そのこぶから、太くて勢いのある枝が、いっせいに伸びてくる。そして、その勢いのある枝にこそ、サルスベリの立派な花が咲くのです。
つまり、「毎年同じ場所で切る」ことには、ちゃんと意味があります。花を大きく、たくさん咲かせるため。そして、枝の出る位置をそろえて、木の形を整えるため。ズボ太が「楽勝じゃん」と勘違いしていた作業には、こんなに深い理由があったのです。
⑥ シゲマサ、こぶの力に目をつける
ズボ太の説明を聞き終えたシゲマサの目が、きらりと光りました。
「なるほど……つまり、こうか。毎年同じ場所で切れば、そこにこぶができる。そして、そのこぶからは、春に、勢いのある太い枝が、いっせいに、同じ場所から伸びてくる。――ということは、その枝を、うまく茂らせれば、密で、隙間のない、頑丈な壁が作れるということだな」
「そ、その通りっす! さすがシゲマサさん、飲み込みが早い!」
シゲマサは、初めて、かすかに口元をゆるめました。「面白い。その『こぶ仕立て』とやら、わしの城の防壁づくりに使えるかもしれん。ズボ太、くわしく教えろ。この城の周りを、そのこぶだらけの、頑丈な木の壁で囲むのだ」
こうして、ズボ太とシゲマサの、サルスベリを使った城の防衛計画が、動き始めたのです。けれど、こぶ仕立てには、まだ、ズボ太が伝えなければならない、もう一つの大切な秘密がありました。それを知らないと、せっかくのこぶも、やがて木を弱らせてしまうのです。
第4章 こぶを育てすぎない攻略法 ~骨格を守る間引きの技~
① 「ただ切るだけ」の思わぬ落とし穴
こぶ仕立ての計画が動き出し、ズボ太は、はりきって足軽たちに切り方を教えようとしていました。ところが、その前に、シゲマサがある質問を投げかけてきました。
「ズボ太。一つ、聞いておきたい。毎年、同じ場所で切り続ければ、こぶは、どんどん大きく、立派になっていくのだな。ならば、こぶは大きければ大きいほど、良いのか?」
ズボ太は、「そりゃそうっしょ」と言いかけて――ふと、親方の言葉を思い出しました。「あ……いや、待てよ。たしか親方、こぶは大きくしすぎちゃダメだって、言ってたような……」
シゲマサが、鋭く問い返します。「なに? 大きくしすぎては、いかんのか。なぜだ」
② こぶが大きくなりすぎると、木が弱る
ズボ太は、記憶をたぐりよせながら、慎重に答えました。
「そうだ、思い出したっす。こぶ仕立てはね、ただ毎年同じ場所で切るだけじゃ、ダメなんすよ。何年も切り続けると、こぶは、どんどん大きく、ゴツゴツになっていくんすけど……あんまり大きくなりすぎると、逆に、木が弱っちゃうんす」
「木が、弱る……?」とシゲマサ。
「はい。こぶが大きくなりすぎると、その部分に古い枝や、混み合った芽がたくさん集まって、栄養がうまく回らなくなるんす。そうすると、春に出てくる枝も、だんだん細く、弱々しくなって……最悪の場合、こぶの部分が腐ったり、枯れ込んだりして、木が元気をなくしちゃうんすよ」
これは、読んでいるあなたにも、ぜひ知っておいてほしい大切なことです。こぶ仕立ては、「毎年同じ場所で切る」だけでは、完成しません。放っておくと、こぶが際限なく大きくなり、かえって木を弱らせてしまうのです。
③ 数年に一度の「こぶ落とし」
「じゃあ、どうすればいいんだ」とシゲマサ。
ズボ太は、自信を取り戻して答えました。「数年に一度、大きくなりすぎたこぶ自体を、削ぎ落としてやるんす。これを『こぶ落とし』って言うんすよ」
「こぶを……落とす、だと? せっかく作ったこぶを、削るのか」
「そうなんす。もったいなく感じるかもしれないっすけど、これが大事なんす。肥大化して、ゴツゴツになりすぎたこぶを、ノコギリなんかで、思い切ってスッキリ削ってやる。そうすると、木がリフレッシュして、また元気な、勢いのある枝を出してくれるようになるんすよ」
シゲマサは、腕を組んで、うなずきました。「なるほど。こぶは、育てるだけでなく、時には削り、若返らせてやる必要があるということか。まるで、古くなった砦を、造り直すようなものだな」
④ 古い枝を間引いて、骨格を守る
「それと、もう一つ大事なことがあるっす」とズボ太は続けます。
「こぶの周りには、細い枝や、古い枝が、ごちゃごちゃとたくさん集まってくるんす。それを全部残しておくと、枝が混み合いすぎて、風通しも日当たりも悪くなる。だから、古い枝や、弱った枝、混み合った枝を、根元から間引いてやるんす」
「間引く、とは」
「いらない枝を、選んで抜いてやることっす。全部の枝を残すんじゃなくて、元気で、いい方向に伸びる枝だけを残して、あとは整理する。そうすると、木全体の『骨格』――太い幹や、主な枝の流れが、しっかり保たれて、木が長生きするんす」
ズボ太は、若いサルスベリを指さしながら言いました。「木にとって、骨格は、人間でいう背骨みたいなもんっす。ここがしっかりしてれば、木は何十年も、何百年も、元気に生き続けられる。こぶを作りつつ、骨格も守る。この二つがそろって、初めて、本物のこぶ仕立てなんすよ」
⑤ 削るからこそ、長生きするという発想
ここで、読んでいるあなたにも、こぶ仕立ての奥深さをお伝えします。
サルスベリのこぶ仕立ては、「切って、こぶを育てる」ことと、「削って、若返らせる」ことの、両方があって、初めて成り立ちます。一見、矛盾しているように思えますよね。作ったこぶを削るなんて、もったいない気がします。
けれど、木は生き物です。同じ場所に負担をかけ続ければ、やがて弱ってしまいます。だからこそ、数年に一度、大きくなりすぎたこぶを削り、古い枝を間引いて、木に休息と若返りを与えてやる。そうすることで、サルスベリは、何十年も、時には何百年も、美しい花を咲かせ続けることができるのです。削ることは、木を長生きさせるための、優しさでもあるのです。
⑥ 足軽たちへの、こぶ仕立て指令
すべてを聞き終えたシゲマサは、大きくうなずきました。
「よく分かった。毎年、同じ場所で切り、こぶを作る。そして、数年に一度は、そのこぶを削り、古い枝を間引いて、骨格を守る。――この二つを守れば、木は密で頑丈に、そして長く、生き続けるのだな」
「その通りっす! 完ぺきっす、シゲマサさん!」
シゲマサは、さっそく、足軽たちを集めました。そして、ズボ太から借りた、あの切れ味鋭い現代のハサミを掲げて、こう命じたのです。
「者ども、聞け! 今日より、城の周りのサルスベリを、この庭師ズボ太の教えの通りに育てる! 毎年、冬になったら、決めた同じ場所で、すべての木を切り詰めよ! これは、我らの城を守る、大切な戦の備えである!」
「はっ!」
こうして、戦国時代の城の周りで、壮大な「こぶ仕立て作戦」が始まりました。ズボ太の未来の知識と、シゲマサの統率力。この二人のコンビが、数年後、城の運命を大きく変えることになるのです。
第5章 滑る防壁の陣 ~戦国の城を守るサルスベリ作戦~
① 地道な作業の、くり返し
こぶ仕立て作戦が始まってから、月日は流れていきました。
サルスベリの管理は、決して派手なものではありませんでした。冬になれば、葉の落ちたサルスベリを、決めた同じ場所で、一本一本、切り詰めていく。春になれば、そこから勢いよく伸びる枝を見守り、夏には花を楽しみ、また冬が来れば、同じ場所で切る。その地道なくり返しでした。
ズボ太は、正直、何度も「めんどくさい」と思いました。「毎年毎年、同じことのくり返しかよ……ズボラな俺には、キツいんだよなあ」
けれど、そのたびに、シゲマサの言葉を思い出すのです。「ズボ太。地道な備えを怠る者に、勝利は訪れぬ。木を育てるも、戦に備えるも、同じこと。今日の一手間が、数年後の命を救うのだ」
その言葉に、ズボ太は、しぶしぶハサミを握り直すのでした。
② 少しずつ、変わっていく城の周り
一年、二年、三年と、こぶ仕立てを続けるうちに、城の周りの風景は、少しずつ変わっていきました。
最初は、ヒョロヒョロで、隙間だらけだったサルスベリたち。それが、毎年同じ場所で切り詰められることで、枝先に、だんだんと、こぶができ始めました。そして、そのこぶから、春になると、太くて勢いのある枝が、いっせいに伸びる。その枝が茂ることで、木と木の間が、みるみる密になっていったのです。
数年後には、城の周りは、こぶだらけのサルスベリが、びっしりと立ち並ぶ、見事な群生林へと成長していました。夏には、そのすべてが、真っ赤な花を咲かせ、まるで燃えるような、美しい壁になったのです。
「すげえ……ほんとに、壁みたいになった……」ズボ太自身も、その変わりように、目を見張りました。
③ こぶが「天然のスパイク」になる
ある日、シゲマサは、育ちきったサルスベリの群生林を見回りながら、満足そうにつぶやきました。
「見事だ、ズボ太。この、こぶだらけの木々を見よ」
冬の間、毎年同じ場所で切り詰められたサルスベリの枝先には、いまや、人間のこぶしほどもある、頑丈な「こぶ」が、無数に形成されていました。そのこぶは、かたく、ゴツゴツとして、まるで、木にびっしりと生えた、天然の「とげ」か「鉄球」のようでした。
「このこぶは、ただの飾りではない」とシゲマサ。「敵の兵が、この林に入り込もうとすれば、この無数の、かたいこぶが、行く手を阻む。押しても、引いても、びくともせぬ、天然の障害物だ」
ズボ太も、感心してうなずきました。「たしかに……こんなにゴツゴツしたこぶだらけの林、人も馬も、まともに通れないっすね」
④ サルスベリの「滑る幹」という切り札
「だが、この木の恐ろしさは、こぶだけではない」とシゲマサは、意味ありげに笑いました。
シゲマサは、サルスベリの幹に、そっと手を当てました。「ズボ太、この木の幹を、さわってみろ」
ズボ太が、幹に手を当てると、その表面は、おどろくほど、つるつる、すべすべしていました。「うわ、ほんとだ。この木の幹、めちゃくちゃツルツルっすね。まるで、磨いたみたいに」
「そうだ。この木が『サルスベリ』――猿も滑る、と書くのには、わけがある」とシゲマサ。「この幹は、あまりにつるつるしていて、木登りの得意な猿ですら、滑り落ちてしまう。ということは、だ。よろいを着た重い兵が、この木によじ登ろうとすれば、どうなる」
「あっ……足を滑らせて、登れない……!」
「その通りだ。こぶで前進を阻み、幹の滑りで木登りも封じる。この林は、まさに、敵を寄せつけぬ、天然の要塞なのだ」
⑤ サルスベリの名前の秘密
ここで、読んでいるあなたにも、サルスベリの面白い豆知識をお伝えします。
サルスベリは、漢字で「百日紅」と書きますが、「サルスベリ」という呼び名は、その幹の特徴からきています。サルスベリの幹は、古い樹皮がはがれ落ちて、とてもつるつる、すべすべしているのが特徴です。あまりにつるつるなので、「木登りが得意な猿でさえ、滑り落ちてしまうだろう」という意味で、「猿滑り(サルスベリ)」と名づけられたと言われています。
実際には、猿は上手にサルスベリにも登ってしまうそうですが、それくらい、幹がつるつるしている、ということです。夏の花だけでなく、この、つるりとした美しい幹肌も、サルスベリの大きな魅力の一つなのです。
⑥ 決戦前夜、静かに満ちる緊張
そして、ついに、その日が近づいてきました。
数年前から予測されていた、大軍の襲来。物見(ものみ)の兵が、息を切らして、城に駆け込んできました。「申し上げます! 敵の大軍が、この城へ向かって進軍中! その数、我らの、数倍!」
城の中に、緊張が走ります。けれど、シゲマサは、少しもあわてませんでした。城の周りに、びっしりと立ち並ぶ、こぶだらけのサルスベリの群生林を見わたし、静かに言いました。
「案ずるな。我らには、数年かけて育てた、この『滑る防壁』がある。ズボ太が丹精込めて作り上げた、こぶの陣が、敵を迎え撃つ」
ズボ太は、ごくりとつばを飲み込みました。自分が、めんどくさがりながらも、地道に育て続けたサルスベリ。その本当の力が、いよいよ試されるときが来たのです。
「頼むぞ、俺のサルスベリたち……!」
決戦の夜が、静かに、更けていきました。遠くから、地ひびきのような、大軍の足音が、少しずつ、確実に、近づいてきていたのです。
第6章 決戦、こぶの鉄壁 ~大軍を阻んだ天然のスパイク~
① 押し寄せる、大軍
夜明けとともに、その時はやってきました。
地平線の向こうから、土けむりを上げて、敵の大軍が姿をあらわしました。その数は、うわさ通り、シゲマサの軍の、何倍もの大軍です。先頭には、勢いのある騎馬隊。その後ろには、槍や刀を持った、無数の足軽たちが続きます。
「うわ……ほんとにすごい数だ……」ズボ太は、城壁の上から、その光景を見て、足がすくみました。まともにぶつかれば、ひとたまりもない。誰の目にも、そう見えました。
敵の大将が、刀をふりかざし、大声で号令をかけました。「かかれーっ! 一気に城まで攻め込め!」
騎馬隊が、地をゆるがせて、城めがけて、いっせいに突撃を開始しました。
② 騎馬隊、こぶの林に突っ込む
敵の騎馬隊は、城へと続く道を、猛スピードで駆け抜けていきます。ところが、城の手前には、ズボ太が数年かけて育てた、こぶだらけのサルスベリの群生林が、びっしりと立ちはだかっていました。
騎馬隊は、勢いそのままに、その林へと突っ込んでいきました。
「なんだ、こんな木の林など、蹴散らして――」
そう思った、次の瞬間でした。
先頭の馬が、無数のこぶに行く手を阻まれ、つんのめるように、ぴたりと止まったのです。人間のこぶしほどもある、かたいこぶが、いくつもいくつも、馬の脚や胴に、ゴツゴツとぶつかります。馬は、痛みと驚きで、前に進めなくなってしまいました。
「な、馬が進まぬ! この木は、なんだ!」
後ろから続いてきた騎馬も、次々と、こぶの林に阻まれ、大混乱におちいりました。密に茂った枝と、無数のかたいこぶが、まるで生きた障害物のように、騎馬隊の勢いを、完全に止めてしまったのです。
③ 春の枝が生んだ、密集の壁
さらに、敵を苦しめたのは、こぶだけではありませんでした。
毎年、同じ場所で切り詰められたこぶからは、春になると、太くて勢いのある枝が、いっせいに伸びます。ズボ太が、そのくり返しで育て上げたサルスベリは、こぶから伸びた無数の枝が、たがいに重なり合い、密集して、隙間のない、緑の壁を作り上げていました。
「くそっ、枝が邪魔で、前に進めん!」
「枝をかき分けても、かき分けても、また次の枝が……!」
敵の足軽たちは、密集した枝葉に行く手をふさがれ、身動きが取れなくなりました。無理に進もうとすれば、こぶに阻まれ、枝に絡め取られる。ズボ太のこぶ仕立てが生んだ「密集の壁」は、大軍の進軍を、完全に食い止めたのです。
④ 「滑る幹」が、とどめを刺す
「ならば、木を登って乗り越えるぞ!」
前に進めないと悟った敵兵の一部が、今度は、サルスベリの木によじ登って、林を突破しようとしました。
けれど――そこにこそ、サルスベリ最大の切り札が待っていました。
敵兵が、幹に手をかけ、よじ登ろうとした、その瞬間。「うわあっ!」つるつる、すべすべした幹に、手も足も、まったく引っかかりません。よろいを着た重い体は、つるりと滑り落ち、次々と地面に転落していったのです。
「猿も滑ると言われるサルスベリだ。よろい武者ごときが、登れるものか」
シゲマサが、静かに、けれど誇らしげに言いました。こぶで前進を止め、密集した枝で行く手をふさぎ、つるつるの幹で木登りを封じる。サルスベリの三重の守りが、大軍を、完全に、押しとどめたのです。
⑤ 最小の兵で、大軍を撃退
敵の大軍が、サルスベリの林の前で、身動きが取れず、大混乱におちいっている――。それは、シゲマサの軍にとって、またとない好機でした。
「今だ! 射かけよ!」
シゲマサの号令とともに、城壁の上から、弓矢が、雨のように降りそそぎました。林に阻まれて、逃げることも、進むこともできない敵兵たちは、なすすべもありません。
数で圧倒的に勝っていたはずの敵の大軍は、ズボ太が育てたサルスベリの陣の前で、みるみるうちに、討ち取られていきました。そして、ついに、敵の大将が、退却の合図を出したのです。
「ひ、退けーっ! この城は、化け物の林に守られておるっ!」
大軍は、総崩れとなって、逃げ去っていきました。シゲマサの軍は、わずかな兵力で、何倍もの大軍を、見事に撃退したのです。城は、守り抜かれました。
⑥ ズボ太のこぶが、城を救った
戦いが終わり、城の中は、勝利の喜びに、わき返りました。
「勝ったぞ! 我らの勝利だ!」
「あのサルスベリの林が、我らを守ってくれた!」
兵たちが、口々に、ズボ太のサルスベリをたたえました。まさか、木の育て方一つで、これほどの大軍を退けられるとは、誰も想像していなかったのです。
シゲマサは、ズボ太のもとへ歩み寄り、その肩に、がっしりと手を置きました。「見事だ、ズボ太。お主の、こぶ仕立ての技が、この城を、そして、皆の命を救った。数年間、地道に木を育て続けた、お主の手柄だ」
ズボ太は、胸がいっぱいになりました。あれほど「めんどくさい」と言っていた、毎年同じ場所で切る作業。数年もかかった、地道なこぶ仕立て。その一つ一つが、いま、大勢の命を救ったのです。
「俺の……俺のサルスベリが、みんなを守ったんだ……」ズボ太の目に、じんわりと、涙がにじみました。ズボラな彼が、生まれて初めて、自分の仕事を、心から誇らしいと思えた瞬間でした。
けれど、勝利の喜びのなかで、ズボ太は、ふと思うのです。「俺……このまま、この時代にいるのかな。元の時代に、帰れるのかな……」と。
その答えは、ズボ太が丹精込めて育てた、あの巨大なこぶの中に、隠されていたのです。
第7章 現代への帰還 ~数百年を越えた、こぶの約束~
① 勝利の宴と、帰り道の予感
戦いに勝った夜、城では、盛大な祝いの宴が開かれました。
寡黙なシゲマサも、この日ばかりは、めずらしく上きげんで、ズボ太のそばに腰を下ろしました。「ズボ太。お主のおかげで、我が領地は救われた。心より礼を言う」
「いやあ、俺なんて、ただサルスベリを育てただけっすよ」とズボ太は、照れくさそうに頭をかきました。
そのとき、ズボ太は、ふと、城の周りに立ち並ぶサルスベリの林に、目をやりました。数年かけて育てた、こぶだらけの木々。その中でも、ひときわ大きく育った一本のこぶが、月明かりの下で、なぜか、あやしく光っているように見えたのです。
「あれ……あのこぶ、なんか光ってないっすか……?」ズボ太の胸が、どきりと高鳴りました。あの、現代でタイムスリップしたときと、同じ光。もしかしたら、あれは、元の時代へ帰る、扉なのかもしれない――ズボ太は、そう直感したのです。
② 別れのとき
ズボ太は、立ち上がり、その光るこぶのそばへ、歩み寄りました。シゲマサも、静かに、その後をついてきます。
「シゲマサさん……俺、たぶん、元の時代に、帰れるみたいっす」とズボ太。
シゲマサは、しばらく無言で、そのこぶを見つめていました。そして、静かに、こう言いました。「そうか。……お主は、未来から来た庭師。ならば、未来へ帰るのが、道理であろうな」
いつも厳しく、寡黙なシゲマサの声に、ほんの少しだけ、さみしさがにじんでいました。ズボ太は、その声に、胸が締めつけられる思いでした。命を助けられ、多くを教わり、ともに城を守り抜いた。ズボ太にとって、シゲマサは、いつの間にか、かけがえのない相棒になっていたのです。
③ 「末代まで伝えてみせよう」
ズボ太は、腰にさげた、あの現代の剪定バサミを、そっと手に取りました。このハサミを、光るこぶに突き立てれば、きっと、元の時代へ帰れる。そんな確信がありました。
「シゲマサさん。俺が教えた、こぶ仕立ての技……ちゃんと、続けてくださいね。毎年、同じ場所で切って、こぶを育てて。でも、大きくなりすぎたら、こぶ落としと、間引きを、忘れずに」
シゲマサは、深く、うなずきました。そして、ズボ太の目を、まっすぐに見つめて、力強く、こう約束したのです。
「未来の庭師よ。お主の残した、この『こぶ』の技――末代まで、伝えてみせよう。この技が、これから先、何十年、何百年と、この地の木々に受け継がれるよう、わしが、必ずや、伝え残す。約束だ」
その言葉を聞いて、ズボ太の目に、涙がこみ上げました。「……ありがとうございます、シゲマサさん。俺、あなたに会えて、よかったっす」
④ 時空を越えて、現代へ
ズボ太は、涙をぬぐうと、大きく息を吸い込みました。そして、月明かりに光る巨大なこぶに向かって、現代の剪定バサミを、力いっぱい、突き立てたのです。
パチン――。
その瞬間、あの、まぶしい光が、あたり一面を包み込みました。体が、ふわりと浮き上がる、あの感覚。ズボ太は、遠のいていく意識のなかで、シゲマサが、こちらに向かって、静かに手をふっているのが見えた気がしました。
「シゲマサさーん……! 達者でー……!」
ズボ太の声は、光の渦に、吸い込まれていきました。
⑤ 数百年の時を越えた、こぶ
「……ズボ太。おい、ズボ太!」
聞き慣れた声に、ズボ太は、はっと目を覚ましました。
目の前にいたのは、シゲマサ――ではなく、現代の親方でした。そして、あたりを見回すと、そこは、まぎれもなく、現代の庭。さっきまでいた、戦国時代の城も、サルスベリの林も、どこにもありません。
「あれ……俺、帰ってきた……のか?」
ズボ太の目の前には、一本のサルスベリが立っていました。それは、タイムスリップする直前に切っていた、あの木です。枝先には、大人のこぶしよりも、ずっと大きな、数百年分の歴史が詰まったような、超巨大なこぶが、どっしりとついていました。
ズボ太は、そのこぶを見て、はっとしました。「まさか……このこぶって……」
⑥ こらズボ太、こぶ落としを進めろ!
ズボ太は、その超巨大なこぶを、そっとなでました。そして、胸が、じんと熱くなるのを感じました。
「あの、ツンツンしてたシゲマサの奴……本当に、約束を守ってくれたんだな。こぶ仕立ての技を、末代まで伝えるって。だから、こんなに立派なこぶが、現代まで、残ってるんだ……」
何百年もの時を越えて、シゲマサの約束は、たしかに、果たされていたのです。目の前のこぶは、戦国時代から現代まで、ずっと受け継がれてきた、剪定の技と、シゲマサとの友情の、証だったのかもしれません。ズボ太は、感動で、しばらく、そのこぶから、目を離せずにいました。
――と、そこへ。
「こら、ズボ太ーっ! 何を、ぼーっと突っ立っとるんだ!」親方の、かみなりのような声が、飛んできました。「感動してる場合か! そのこぶ、でかくなりすぎだろうが! 肥大化したこぶを、スッキリさせる『こぶ落とし』の作業を、早く進めろ!」
ズボ太は、われに返って、あわてて答えました。「へ、へいへい! 今、やりますよ!」
ズボ太は、相棒の剪定バサミを握りしめ、こぶに向き直りました。その手つきは、もう、あのズボラな新人のものではありません。戦国の世を、こぶ仕立てで駆け抜けた、一人前の庭師の手つきでした。
「よし、やるか。シゲマサさんが残してくれた、大事なこぶだ。きれいに、こぶ落とししてやるからな」
こうして、ズボ太の、現代での剪定の日々が、また始まったのでした。数百年の時を越えた、こぶの物語とともに。
――おしまい。
まとめ:今回の物語に登場した剪定ノウハウ
物語を楽しんでいただけたでしょうか。ここからは、ズボ太とシゲマサが教えてくれたサルスベリの剪定ノウハウを、もう一度わかりやすく整理してお伝えします。物語でイメージをつかんだうえで読むと、ぐっと頭に入りやすくなるはずです。
① こぶ仕立てとは、毎年同じ場所で切る育て方
サルスベリの「こぶ仕立て」は、冬の落葉期に、毎年「同じ位置」で枝を切り詰める育て方です。同じ場所で切り続けることで、その部分が太く盛り上がり、ゴツゴツとした「こぶ」ができあがります。街で見かけるサルスベリのこぶは、こうして何年もかけて作られたものなのです。
② 同じ場所で切ると、春に勢いのある枝が出る
毎年同じ場所で切ると、春になったとき、その切り口(こぶ)から、勢いのある太い枝がいっせいに伸びてきます。この枝に、夏、大きな花が咲きます。こぶは、いわば「勢いのある枝を打ち上げる発射台」の役割を果たしているのです。
③ 剪定は冬の落葉期に行う
サルスベリのこぶ仕立ての切り詰めは、葉が落ちた冬の時期に行います。葉が落ちて枝ぶりがよく見える時期だからこそ、どこを切るか、こぶの位置を正確に見きわめることができます。
④ こぶを大きくしすぎない「こぶ落とし」
こぶは、放っておくと、どんどん大きくなりすぎて、栄養が回らず、木が弱ってしまいます。そこで、数年に一度は、肥大化したこぶ自体を削ぎ落とす「こぶ落とし」を行います。作ったこぶを削るのはもったいなく感じますが、これが木を若返らせ、長生きさせる秘訣です。
⑤ 古い枝を間引いて、骨格を守る
こぶの周りに集まる古い枝や、弱った枝、混み合った枝は、根元から間引いて整理します。元気な枝だけを残すことで、風通しと日当たりがよくなり、木の骨格(太い幹や主な枝の流れ)がしっかり保たれ、木が長生きします。
⑥ 切れ味のよい道具を使う
切れ味の悪い道具で切ると、切り口がつぶれ、そこから病気が入る原因になります。よく切れる剪定バサミでスパッと切れば、切り口がなめらかになり、木の傷の治りも早く、健康に育ちます。戦国の武将シゲマサも見抜いたように、良い道具は、良い剪定の第一歩です。
物語のズボ太のように、最初は「毎年同じところで切るだけ、楽勝」と思うかもしれません。けれど、こぶ仕立てには、こぶを育てる技と、削って若返らせる技の、両方が必要です。正しい知識とていねいな手間で、ぜひ、あなたのサルスベリを、何十年も花を咲かせる、立派な一本に育ててあげてください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。





